板坂耀子先生による 「『ザ・シンプソンズ』声優問題その後(2007.12.10)」

海外アニメの「ザ・シンプソンズ」が映画化され、日本公開されるにあたって、配給会社の20世紀フォックスが、これまでテレビでおなじみだった日本語吹き替え版の声優でなく、タレントの人たちを主役に起用したことについて、波紋や抗議が広がっています。
私は、このアニメを見ていません。ですが、この間の抗議運動と、それに対応する20世紀フォックスの様子を見ていると、かつてこのホームページで、「マスター・アンド・コマンダー」という映画の予告編について抗議を行った時と似た状況を感じます。   
簡単に言うと、ある海外の作品を日本に紹介するにあたり、作品そのものの魅力を基本的な作業としてでも知ろうという努力をせず、「この作品は地味で、それほどファンはいないから、ヒットしない」「この作品のことを知らない人たちをひきつけるためにはどうすればいいか」ということだけを第一に考えて、ひどく思いつきの、思いこみの方法で、とにかく観客を動員しようという宣伝方法です。これはほんとに不幸なことです。思いついた人も、それなりにうまいことをしたという思いこみがあるらしいだけに、異常なほど修正がきかないようです。
映画「マスター・アンド・コマンダー」の時は予告編の問題で、その方法のひどさたるや、いろんな意味で画期的でした。ただ作品本編には手がつけられていなかった(そうなりそうになりましたが)だけまだましで、その点、今度の吹き替え交代はもっと作品そのものに関わるだけ、深い問題もあります。
もうすぐ映画も公開されそうですが*1、この間の経過を見ると、抗議する方々の冷静で的確な運動の結果、一定の成果は上がっています。
インターネットの抗議の署名は3000を超え、アンケートでもそれ以上の人が、タレント吹き替え版の映画は見に行かないと回答しています。
この結果か、20世紀フォックスは、声優吹き替え版のDVDを制作発売すると発表しました。
また、映画と提携して商品を宣伝している「ミスター・ドーナツ」は、CMに映画とはちがう従来の声優さんの吹き替えを使いました。現在*2これが流れていて、映画が公開された場合、劇場での声はCMとちがうことになります。
タレント吹き替えの映画版の方は、宣伝も控えられがちで、タレントさんたちのこの映画に関する発言もあまり熱意のあるものではありません。むしろ原作を否定する内容の発言と抗議する人たちもいます(あまり作品の伝統や魅力を知らされることもなく、仕事をさせられたタレントとしては、そういう発言しか、しようがないだろうとも私は思いますが、どのみち当人にもファンにも不幸なことです)。
大勢のファンの声が反映されたという点では喜ぶべきでしょうが、言いかえればタレントの方々の吹き替えでの公開にはますます映画の成功する可能性は薄くなっているように思えます。
くり返しますが私はこのアニメを見ておらず、そのような立場からの発言しかできませんが、そんな私から見ても、この状態をよい方向でまとめるのは、もう声優さんの吹き替え版を映画館で公開するしかないだろうと感じます。
最初に紹介した時と同様、声優変更を考える会のサイトで詳細はごらん下さることをおすすめします。
このアニメをご存じの方はもちろん、私のように見ていなくても、映画や翻訳など異文化の紹介に関心がおありの方は、ぜひごらんになって下さい。
タレントさんへの不必要な攻撃など、匿名でしかできないような発言や行動はやめていただきたいですが、英語がだめなら日本語ででも、どうぞご意見がおありの方は表明していただきたいと思います。
私がこのような問題に、関わりたいと思うゆえんは、あながち映画だけではなく、さまざまな文化活動の、ひいては社会全体の中にある、「たくさんの人が長いこと、静かに大切にはぐくんで育ててきたものを、ろくに見もしないで、『もうかるためにはどうすればいいか』だけを安易に考え、さんざんにぶちこわしねじまげ汚した結果、(ここが何より肝心ですが)結局はもうかることにも失敗して、それを自分がぶちこわしたもののせいにする」傾向に、しんからうんざりしているからです。 作品も、大衆も、愛してもいないし理解してもいないくせに、「大衆にそれではうけいれられない」などと言う、思い上がった職業人の罪の深さです。
私はどんな業界でも、全体としてはこういう人はむしろ少ないと思っています。私が接した編集者の方々にしても、「それでは読者にわかりにくい」 といったかたちで私に下さるアドバイスは貴重で的確でした。そういう聡明で賢明な仲介者がきっと多いし、たくさんの方がそういう仕事をきちんとされている のだろうと思います。中にたまに、どーしよーもないよーなアホがいて、力を持つとそういう勘違いをしでかすのでしょうね。

*1:2007年12月10日時点

*2:2007年12月10日時点